「能はこんなに面白い」 その二  

能「石橋」(宝生流) 後場

突如として赤と黒の獅子が出現し、紅白の牡丹に戯れ激しく乱舞する連獅子の振る舞いが後場の見どころだ。

ヨシコ

“連獅子の乱舞に もうー 釘付け!”

クニオ

“舞台を圧倒してたね”

連獅子の威風堂々とした舞に心をわしづかみにされた二人。

ヨシコ

“獅子って霊獣(*1)でしょ”

クニオ

“文殊菩薩の乗り物だよね”

日本の釈迦三尊では、左脇侍に獅子に乗った文殊菩薩、右脇侍に白像に乗った普賢菩薩を配する例が多いと聞く。

ヨシコ

“文殊菩薩の使者でもあるんだって

クニオ

乗り心地はどうなんだろう―

一度、乗ってみたいものだと妄想を立ち上げているクニオ。

ヨシコ

“はー !”

 


連獅子の乱舞はあたりを払い息もつけぬほどだ。

 

獅子団乱旋(とらでん)の舞楽のみぎん

獅子団乱旋の舞楽のみぎん。

牡丹の花房、匂い満ちみち。

大きんりきんの獅子がしら。

―中略―

万歳千秋と舞いをひさめ。

万歳千秋と舞いをひさめて。

獅子の座にこそ、直りけれ。

出典ウイキディペディア

「花に戯れ、枝に伏して転ぶ獅子の乱舞は、そのまま、千秋万歳、天下泰平のめでたさを祝う舞に外ならない」と山折哲雄(*2)は言う。

獅子は、千秋万歳、天下泰平と舞い納めて「獅子の座」(*3)に直る。

 

ところで能楽は「小書」(*4)なる手法で各流の主張に沿った演出をする余地を残している、今回のグランシップ静岡能では「小書」を使い新しい演出を披露した。

「疫病(コロナ)が我々に不安と恐怖を引き起こした、その不安と恐怖はさらに対立をも生みだしてしまう現代社会の脆弱性を能楽で表現したいという思いに駆られ、新しい演出を試みた。

対立を示す赤獅子と黒獅子が乱舞する、しかし対立や苦難を乗り越えた先に成熟(天下泰平)がある事を「小書」という形で残すこととした」

宝生流第20代宗家 宝生和英

ヨシコ

“宗家の気持ちはわかるけどねー…………赤と黒が対立の象徴と言われてもね   ”

その深いメッセージが読み取れず少々不満げなヨシコ。

クニオ

“シンクロしてたからね”

ヨシコ

“対立なんて想像もできなかったでしょう?

この「わからない」をどう捉えたらいいんだろう……“うーん”……しばしの沈黙と思案ののち  ハットして膝を打つヨシコ ‼ 

  

ヨシコ

“「能を理解するには事前に特段の予備知識が求められる」って聞いたことない?”

クニオ

“あるある、日本の様々な古典が引用されているって……

仏典や漢籍、「万葉集」あり「新古今和歌集」あり「源氏物語」や「平家物語」あり故事来歴ありと様々な古典や書物から引用されている。(*5) そう、能は予備知識が必要なんですね。

ヨシコ

“うーん でも古典の予備知識がないと楽しめないって言われたらねー”
クニオ

“「能はこんなに面白くない」になっちゃうね σ(´-ε-`)ウーン ”

その時、ある事に気付くクニオ   ‼

クニオ

そうそう、内田樹(*6) さんが 面白いことを言ってたよ”

ヨシコ

“どんな事 ?

クニオ

“こう楽しみなさいっていうマニュアルがあるわけじゃないから「わからいなら、わからないなりに勝手に妄想を立ち上げて楽しめばいい」って”

能の作者は自作の能をこんな方向で理解してほしいと観る人に強要しない、観る人のその時の精神状態や教養に任せ、何を観て感じるかはその人に任せられている。(*6) 

ヨシコ

“マニュアルなし 妄想あり 観る人任せ  か   ”

クニオ

“そういう事”

妄想を立ち上げるから面白い …… 二人はそう思った。

                                                  To be continued

(*1)霊獣

神の使いや神と特別な関係のある動物をさす。

(*2)「能を考える」  山折哲雄著  中央公論新社

(*3)「獅子の座」) 釈迦が説法の際に座す宝座のこと

(*4)小書(こがき):

能楽の特殊演出のこと。番組で曲名の横に小さく表示することから、小書と呼ぶ。

(*5)「能はこんなに面白い」 観世清和+内田樹 小学館 

(*6)「変調 日本の古典講座」  内田樹+安田登 祥伝社

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